令嬢は家出した。
休日、午前5時。令嬢は家出した。
多感な年齢になった令嬢にとって、習い事を詰め込まれた7日間が繰り返される日々は耐え難くなっていた。
スマホ、カラオケ、SNS……学校で話を聞いたことはあるが触れたことはない。
世間から隔離されたヘルシーな生活が嫌になり、初めて誰にも何も告げず家を出た。
小遣いなど渡されたことのない令嬢は所持金もなく、ただその身一つで都会の人並みを揺蕩っていた。
スマホショップでスマホを触ってみたが楽しさがわからなかった。ゲームセンターで他人の遊んでいるところを見たが楽しさがわからなかった。
自由な令嬢は孤独だった。
日も暮れ、空腹感が頂点に達していた。
昼にフードコートで水を飲んだが、その他は何も口にしていない。
以前物語で、浮浪者がコンビニで売れ残った弁当を入手している場面を読んだことがあった。
その記憶を頼りにコンビニで店員に申し出るも、譲ってもらえるはずもない。
店員とそんなやりとりをしていると、見知らぬ女性が声をかけてきて弁当を買ってくれると言う。
申し訳なさから令嬢が断ると、女性はコーラと揚げた鶏肉を2つずつ購入した。
間違えて2つずつ買ってしまったからと、舌を出しながら差し出してきた。
イートインに並んで座ると、女性はいきなり揚げた肉にかぶりつく。
今まで食器でしか物を食べたことがなかった令嬢は驚き、女性を凝視した。
曰く、ファミチキは揚げたてを口一杯にして食べるのが一番美味いらしい。
真似して令嬢もかぶりつく。
今まで食べた物とは比べ物にならない肉汁。噛む度に食欲を掻き立てる衣のザクザクとした食感。揚げたてで火傷しそうなほどの旨みの塊に、令嬢は衝撃を受けた。
隣では女性が音を立てながらコーラを飲んでいる。
グラス以外からコーラを飲むのも初めてだった。
喉に流れ込む炭酸が、ファミチキと合ってまた美味しい。
隣で女性が微笑んでいた。
クールでかっこいいお姉さんと言う印象だったが、今はとても暖かく柔らかい印象を受ける。もし姉がいたらこんな人だったらいいな……。
そんなことを考えていると、女性はもう行かなきゃと席を立った。
改めて女性に礼を言い、名前を尋ねると女性は名刺を渡してくれた。
家からそう遠くない、知らない店の名前が書かれていた。
その夜、令嬢は家に帰った。
親には激怒された。執事はこっそり明日の夕食は好きな物を出すからと希望を聞かれた。
令嬢は迷わずファミチキとコーラと答えた。
執事は目を丸くしたが、すぐに承知してくれた。
翌日夕食を楽しみにしていた令嬢の前には、上品に一口大にカットされ、衣をふやかすためかシェフのオリジナルソースがかけられたファミチキが出てきた。
令嬢は頬を濡らしたが、それに気付く者はいない。
昨日とは別の孤独感の中、台無しになったファミチキをナイフとフォークで食べ、グラス入りのコーラを飲んだ。
翌日、午前5時、令嬢は家出した。
その手には1枚の名刺が握られていた。